みなさんこんにちは。
1990年代前半に、日本キックボクシング界で最初の1千万円プレーヤーになったキックボクサーの立嶋篤史が2023年1月18日に「一億人の大質問!?笑ってコラえて!」に取り上げられます。
立嶋篤史は今も(223年1月時)まだ現役で、その半生はとても深いです。
そんな立嶋篤史の現在とキックボクサーとなった半生で受けたいじめなどについて調べてみました。
- 立嶋篤史の現在は?
- 立嶋篤史のプロフィールは?
- 立嶋篤史の半生は?
これらを確認します。
立嶋篤史の現在は?

立嶋篤史さんは、先月(2022年12月)の18日に、50歳で3年ぶりの試合、99戦目をしました。
残念ながら負けてしまいましたが、元気で、今も試合をする選手です。
普段は、自分のジム(asshi project)でボクシングを教えていたり、Youtubeチャンネルで活動したりしているようです。
それでは、立嶋篤史さんがどんな人なのかプロフィールを見てみましょう。
立嶋篤史のプロフィールは?
立嶋篤史さんは、1990年代に活躍したキックボクサーで、元全日本フェザー級の王者です。
試合の後でも家まで会場から20kmの道を今も走って帰るほど身体を鍛えています。
名前:立嶋篤史 (たてしま あつし)
年齢:51歳
生年月日:1971年12月28日
出身地:東京都豊島区
血液型:AB型
趣味:映画、旨いものを食べに行く、古着
家族:息子
仕事:ASSHI-PROJECT主宰、キックボクサー、YOUTUBER

息子さんの挑己(いどむ)さんは、今年(2023年)23歳か24歳になると思います。
この息子さんの紹介記事には、長男と書かれていたので、他にも子供がいるのかも知れません。
格闘技家の魔裟斗さんが、立嶋篤史さんを尊敬する人としてあげていました。
また、ダウンタウンの松本さんが立嶋さんのファンで、2冊の著書にも立嶋さんのことを書いています。
立嶋さんもダウンタウンのファンだということで、お互いにつながっていて羨ましいですよね。
立嶋篤史の半生は?
「キック界のカリスマ」と言われる立嶋篤史さんは、とても努力家です。
幼少の頃からいじめを受けてきて、自殺を考えたこともあったということです。
中学2年の時からボクシングを習志野ジムに練習生として所属し、中学卒業後、1人でタイのムエタイに渡り修行をしました。
そしてタイで15歳でデビュー、翌年日本で初めての試合をし、キックボクサーとしてデビューしました。その時は後楽園ホールでKO勝ちしています。
17歳で高校を受けて現・敬愛学園高等学校に入学、試合などによる単位不足で1年留年しましたが、1993年に21歳で卒業を果たします。

そして今までに以下のタイトルを獲得しました。
- 第11代全日本フェザー級王者
- 第13代全日本フェザー級王者
- 第15代全日本フェザー級王者
勝ったり負けたりしながらも、王者に何度もなっているって凄いですよね。
当時は「最強の高校生」と言われたりしていたようです。すでにトップの選手なのに、留年してもきちんと高校を卒業したのは尊敬します。
その後、31歳の時に練習に行くときに自転車に乗っていて交通事故に遭い、全治11ヶ月の重傷を負いました。
37歳で6年ぶりに復帰して、勝ちをおさめ、それ以降、現在までずっと戦ってきています。
普段は子供たちや一般の人たちにボクシングを教えていて、キックボクシングの普及のためか、YOUTUBEでも練習状況を配信しています。
練習についての案内を読んでいたら、もう少し若かったらボクシングやりたかったなと思ってしまいました。
料金も良心的だし、運動ができて健康になりそうな気がします。それに今は物騒なので、ボクシングができると少しは役に立ちそうに思いました。
まとめ
今回はキックボクシング界のカリスマ立嶋篤史を調べてみました。
- 立嶋篤史は現在51歳だが、先月(2022年12月)99戦目を行ったばかり。
- 立嶋篤史の息子もキックボクサー
- 立嶋篤史は幼い頃からいじめを受けてきて、自殺も考えたが、ボクシングを始めてタイで修行して全日本フェザー級チャンピオンにまでなった。
- キックボクサーとして活躍する傍ら、留年しても高校を卒業している。
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